橋本岳の35歳の挑戦~2回目の選挙を前にして~
私は、次期衆院選挙にあたり、一人の35歳の青年として挑戦したいと考えています。35歳なんか若すぎる。まだまだというお声もあるでしょう。それでも団塊ジュニア世代の一人として生まれた自分の人生を通じ、また4年間の議員としての活動により、ぜひ政治の場、そして地域の場や職場に私たちの同世代がさらに活気を持ちいろんな世代と協調し、20代、30代、40代、50代、そして元気な60代70代といったすべての世代に脚光があたり皆が元気になる政治を実現しなければならない!という思いで熱く燃え上がっているのです。 なぜか。たとえば今、医療、介護や年金といった社会保障の問題が注目されています。制度に綻びが出てきており、倉敷・早島でも現場は厳しい。残業や処遇など働く方が報われない状況が続く。これをお年寄りの方々や、難病や障害を持った方々にも安心して生活していただけるように建て直さなければなりません。建て直すのは誰か?直接には現場を支える働く方々であり、間接的には保険料や税を支払っていただく方々です。農業を食べていける産業としてどのように再興するか。やはり担い手が課題となります。水島コンビナートをはじめ産業や雇用の場面でも、当然主役になるのは働く方々。
日本の将来を受け継ぐ子どもたちを育てるのも、やはり若者世代です。子育ては親育て。孤立しがちな親は育児のストレスに苦しみ、サポートが必要です。私も4人の子どもを妻とともに育てており、いろいろ悩むことも少なくない。スポーツやPTAといった地域活動を担うのもこの世代。教育も学校だけでなく親や地域も分担が必要。私たち35歳前後の世代がしっかりして、世代の垣根を越えて親世代を支え、子どもたちを支える、そんなことが今の日本社会に必要なのです。
日本の将来を受け継ぐ子どもたちを育てるのも、やはり若者世代です。子育ては親育て。孤立しがちな親は育児のストレスに苦しみ、サポートが必要です。私も4人の子どもを妻とともに育てており、いろいろ悩むことも少なくない。スポーツやPTAといった地域活動を担うのもこの世代。教育も学校だけでなく親や地域も分担が必要。私たち35歳前後の世代がしっかりして、世代の垣根を越えて親世代を支え、子どもたちを支える、そんなことが今の日本社会に必要なのです。
しかし残念なことにこれまでの国の政策では、この世代にスポットライトを当てる議論が欠けています。いまの35歳は活力を無くし、疲弊しているのです。私が子どもの頃、35歳といえば「立派なおじさん」でした。家庭や子ども、車に持ち家。しかし今私の同級生を見回すと未婚の人も少なくないし、勤め先や家庭で苦労されている人も多い。しかし収入がこの10年間で激減し、社会が変わってしまいました。統計でみると、10年前の30歳代の年収は500~600万円台が最も多かったのに、今の30歳代の年収は300万円台が最も多い。年収が激減しています。
(参考グラフ資料) その結果、30歳代後半での未婚率は10年前の男性で23%だったのが今は30%に上昇し、今の30代後半の男性は3人に1人は独身です。出生率も10年前の35歳は2.06だったのが今は1.85。経済や雇用の理由により結婚や出産できない人が増えた結果、10年前は2人兄弟が標準家庭だったが、今は一人っ子になってしまった。子供に恵まれても2人目は経済的にも精神的にも難しくなったわけです。
その結果、少子化に歯止めはかからず、幼児虐待といった事件も起きる。年配の世代から見て、なぜこんなことがと思うかもしれませんが、このような背景があるのです。だからこそ私は経験豊かな60代、70代、さらに戦争で苦しい中を乗り越えた80歳以上の世代の方々と私たちの世代が垣根をとって、疲弊する現役世代を一緒にサポートしたいのです。私の家庭について少しご説明します。私は22歳で結婚し、8年間のサラリーマン生活の中で3人の子供が生まれ、代議士になってから4人目に恵まれました。今の35歳の中では子供の数だけは多いし、結婚も早婚です。順風満帆に聞こえますが、その間には、核家族の出産の不安、出産後の育児分担、妻の仕事と家事の両立など、夫として父親として、皆さんと同じように負担やストレスを感じてきました。間には、夫婦別居というか家出を私がしてみたり、妻も体調を崩して入院したり、子どもも入院したり、一度妻が流産したりと、精神的なストレスからノイローゼに近い状態にもなりました。
経済的にも就職したての頃、苦しく、妻が家でできるパソコンを使った内職を、子供を背負いながら夜中したりしていました。それでも、たくさんの子どもを授かったことで、人間として成長できたことも多く、地域社会とのつながりや、責任感が生まれました。家内の母や私の両親、近所の商店街や美容室のおばちゃんなどとの人間関係にも助けてもらえたからこそ、何とかやってこれたのです。
経済的にも就職したての頃、苦しく、妻が家でできるパソコンを使った内職を、子供を背負いながら夜中したりしていました。それでも、たくさんの子どもを授かったことで、人間として成長できたことも多く、地域社会とのつながりや、責任感が生まれました。家内の母や私の両親、近所の商店街や美容室のおばちゃんなどとの人間関係にも助けてもらえたからこそ、何とかやってこれたのです。 例え政権政党が代わっても、現役若者疲弊の傾向は変わりません。むしろ財源なきバラマキが強くなるだけ。世代間の分断は続きます。この日本を閉塞した社会を脱却の道へ導かなければなりません。今の日本社会に必要なことは政権交代ではなく世代間の協力、協調により、特に30代40代の働き盛りが活気づくことなのです。「政治は弱い立場の方々のためにある」という祖父・父から受け継いだ政治信念を実現するためにも、私は団塊ジュニア世代の一人として、皆さんと一緒にその旗頭に立って全力を尽くします!
倉敷・早島に生活するすべての世代の人たちの声を聞き、断絶した世代間のその懸け橋役になる。それが私の35歳の挑戦なのです。













