橋本岳を知る人々
近代写真研究所 取締役社長
高林 理
被写体としての橋本岳ファミリー
はじめて、橋本岳さんの家族のお写真を撮ったのは、今から3年ほど前です。1度目の撮影の時には、サラリーマン研究員だった岳さんと名刺交換をさせて戴き、その人柄には実直で育ちの良さと爽やかさを感じました。
むしろ、私が強い印象を受けましたのは、当時4歳だった長男の陸君の挨拶や面構え、態度でした。写真の仕事に携わっているので、人物を撮る難しさだけは知っているつもりです。撮影者の技術もさることながら、経験や感そして人格が、被写体となる人物の特徴を瞬時に引き出し、相手の方も受け入れができて、やっと一枚の写真となると思います。
あのはじめての撮影の時は、陸君の強烈な個性、そして橋本家の家族の絆の強さや暖かな愛情があるから、撮影できたのです。
2度目の撮影は、岳さんが議員バッチを戴いた初登院の日でした。私は、以前とは違う「岳先生」の慧眼ぶりと勇ましさから、瞬間、本物の政治家を感じた次第です。また、政治家の妻、三児の母である栄里子様については、雰囲気や体型が変わられ、ブルドーザーの様な力強さ、逞しさが漲っておりました。
2度目の撮影は、夕食前の空腹の時間帯に1時間以上の撮影となりましたが、たおやかな長女の総子さんは忍耐強く落ち着いており、次女の織子ちゃんは、おおらかで時々眠くなるようでしたが、最後まで頑張って撮影に協力してくれました。
お子様達が、ちょっと飽きてきた頃、「さあ、みんなで歌いましょう。」と家族揃っての合唱となりました。約30分位の合唱は、まさに日本版の「サウンドオブミュージック」のトラップ・ファミリー合唱団でした。スチール写真ではなくビデオにすべきかと思ったくらいです。
気宇壮大を感じさせる岳先生の家族に対する眼差しに、思わず自分自身を省みてしまいました。橋本家ご一家の様な、おおらかで豊かな心の人びとが一人でも多い日本を創って戴きたいと思っております。
高林 理
被写体としての橋本岳ファミリー
はじめて、橋本岳さんの家族のお写真を撮ったのは、今から3年ほど前です。1度目の撮影の時には、サラリーマン研究員だった岳さんと名刺交換をさせて戴き、その人柄には実直で育ちの良さと爽やかさを感じました。
むしろ、私が強い印象を受けましたのは、当時4歳だった長男の陸君の挨拶や面構え、態度でした。写真の仕事に携わっているので、人物を撮る難しさだけは知っているつもりです。撮影者の技術もさることながら、経験や感そして人格が、被写体となる人物の特徴を瞬時に引き出し、相手の方も受け入れができて、やっと一枚の写真となると思います。
あのはじめての撮影の時は、陸君の強烈な個性、そして橋本家の家族の絆の強さや暖かな愛情があるから、撮影できたのです。
2度目の撮影は、岳さんが議員バッチを戴いた初登院の日でした。私は、以前とは違う「岳先生」の慧眼ぶりと勇ましさから、瞬間、本物の政治家を感じた次第です。また、政治家の妻、三児の母である栄里子様については、雰囲気や体型が変わられ、ブルドーザーの様な力強さ、逞しさが漲っておりました。
2度目の撮影は、夕食前の空腹の時間帯に1時間以上の撮影となりましたが、たおやかな長女の総子さんは忍耐強く落ち着いており、次女の織子ちゃんは、おおらかで時々眠くなるようでしたが、最後まで頑張って撮影に協力してくれました。
お子様達が、ちょっと飽きてきた頃、「さあ、みんなで歌いましょう。」と家族揃っての合唱となりました。約30分位の合唱は、まさに日本版の「サウンドオブミュージック」のトラップ・ファミリー合唱団でした。スチール写真ではなくビデオにすべきかと思ったくらいです。
気宇壮大を感じさせる岳先生の家族に対する眼差しに、思わず自分自身を省みてしまいました。橋本家ご一家の様な、おおらかで豊かな心の人びとが一人でも多い日本を創って戴きたいと思っております。













